第九十四号|無題 最新号のみ掲載
戸塚愛美
ここがわたしのロマン主義、くるり。京都の青春でおなじみのバンド、くるりの新譜がでたという。もう大人になって、ぜんぜん聞かなくなっちゃったんだ、っていう人生の段階に正しく即して聞かなくなっている我が愛好。かつては凪のような、わかりやすい青春のエモーショナルに染み入る感じの音楽だったのだが、それが今や社会に絶望しているという噂を聞きつけ、いかんこれは、と久方ぶりに聞いてみたらそこには悲嘆も絶望も憐憫もなく、変わったのはこちら側だと気付かされ。だからといってなんだというのだろう。哀愁はおろか感情の鈍麻で、鈍麻するには年齢という意味で早すぎるし、Curiosityはどこへ行ったといいたいところだが、方向性が変わったのだろう。そこらじゅうにあるバンドの解散の理由みたいに言い訳してみよう。まあそれはいいんだけれど、春に近づくための雨が降り、やがては夏に、と季節がうつろいでいくことへの「イマジン」と「忙殺」の間で俺は時間の圧力に負けているね。少しは止まってくれないかと思うくらいの時間の速度をこれでもかと感じているわけで。こうやって駄文をタイピングできることも逃避の傾向だって? 正の方向に拍車をかける? かけない! かけない! 与えない! なにも与えない! 贈与に振り切るにはまだ早すぎるし、なにもあげていない! 所有することは同時に手渡すこと。与え与えられ時に奪取し、され、という連続の中のひとつで、で、これ、なにについて?
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・・・自らの言葉が鋭さを失い、次第に溺れていく様を見ていられず、我が自信は汚濁に満ちた沼のように融解するのであった。同時に、猛烈な悔しさに襲われそっとグーグルマップのレビューを閉じた。今日において、言葉は正しく武器である。鋭い刃となる言葉はすぐに敗北し惰性となる恒常性を引き裂き、膿を出す。内と外をつなぐひとつの孔のように、言葉は内と外を行ったりきたりしながら、膿を掻き、新しい空気を送り込む。ゆえに悔しさは滲む。変化の機会を失ったのだ。言葉の使い方を侮るな。言葉の力を見誤るな。安易に生成してはならない。簡単に学習性に委ねるな。過去の経験によるものではない。常に現在は新しくあり、現在に即して言葉は成される。言葉による復讐が叶わぬ今、悔しさは心の中でさらに振幅を大きくし、心を乱した。武器となる言葉を磨かねばと、野心は燃えるに燃えた。燃え、ただれた。第三者的な道具としての言葉を、振り回したい。到底以前のようには戻れない痕跡を残していきたい。言葉はかくして刺せなければ、我が利益を損することになる。安全と無難の地平に安住してしまった。大きな失敗である。息苦しいならなお、刺すべきだった。言葉はかくして刺すこともできず、日々がすべりにすべる。
某ヨガ教室の日暮里店のお姉さんが怖すぎるのであり、改善には口コミが有効と考えたのであったが、失敗に終わった。
間奏(十九)
カニエ・ナハ
するり、
掌からすりぬけて
マレット
とど、
待ちくたびれてマリンバも シロフォンも蒼白なる
そろそろ
廻ってるオッペンハイムの
あの栗鼠も
するり、
もっとも美しい
母音も子音も
メレットも
空にする
しっぺ返しする
するとするする、
エルンスト最大限スルーする
ホシュホシュする
シュルもスルーする
すると、
あの
待ちぼうけするマリンバも
蒼白なるシロフォンも
もう無くてもいいかも!
ホシュホシュする
すると、
するり、
(マレットソロ)
するメレットも、
しれっと